激動の時代に相応しい経営戦略を伝えよう

時代を読む

自己責任という名の無責任

  1. スルメを見てもイカはわからない
    2004年7月16日HP)の 大武部長からの返事
    「スルメはやっぱり日本酒ですよね?飲み過ぎには注意します。」
    ということでした。

  2. 最近電車の中刷りで見たおもしろい見出し
    • 孫のいなくなる日(東洋経済)
      少子化で、確かにそうだよね。
      考えてみるとすごい社会になる?
    • 「職」は中国にあり(アエラ)
      そうだよね。うまいなーと思いました。

  3. ジョージソロスが何度目かの自分の結婚式で、牧師に「新婦をづっと愛しますか?」という儀式で、「弁護士に聞いてくる」と言ったという有名な笑い話があります。
    「江戸時代の商家では、同族以外の他人からの資本出資がほとんどなく、店が潰れれば家の財産(家産)を限度とする身代限り」という一種の半有限責任制度によって、同族が債権者に弁済をした。だから会計情報の開示よりも、商人間の信頼、信用のほうがはるかに重要であったのである。
    江戸時代の簿記(帳合)会計(勘定)慣行が参考となる中小企業が少なからず存在しているのではないであろうか」
    (江戸時代の帳合、勘定から見た現代日本の簿記会計、速報税理14、6、11)
    前にも紹介しました、江戸時代にも複式簿記があったと教えてくれた、西川先生の文章ですが、考えてみますと、日本の国際企業はほんの一部で、日本のほとんどの中小企業は国内企業です。(上場会社でもマルドメ(国内)の大会社が多い)
    それを一律にグローバルスタンダードを適用するのは、確かに無理があります。
    それより、先生の指摘するように、ビジネス間での信用、信頼のほうがはるかに大切ですよね。
    ビジネスって信用を前提として、この人(会社)はだまさないということがあって、安心して商売するわけですから、本来は情報公開は二の次の話です。
    相手の信用を抜きにして、情報公開だけを羅針盤に商売をしなければならない社会になったら、それこそコストもかかるし、なにより全部調べられませんよね。
    それより、江戸時代の商家のほうがはるかに、楽な商売ができると思いませんか。
    結局、失敗したらなんでもかんでも「自己責任」だという社会は、裏返すと相手が「無責任」ということになります。
    こういうことになりますと、日本の社会がはたして成り立つのでしょうかね。
    どう思う、黒仁田君?

今日の言葉
「従業員を満足させられない会社は、顧客も満足させられない」

[2004.07.21]

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