一極集中
- かっての江戸は、今以上に経済の一極集中が進んでいたそうです。
(「毎日新聞夕刊8.20」歴史家・安藤優一郎さん)
その理由は、全国の武家屋敷が江戸に集中していたからだと書いていました。
江戸の総面積の70%が武家地で占められ、残り15%が寺社地、町人の土地はたった15%にすぎなかった。 - 将軍吉宗が、幕府財政再建で各大名にコメの上納を命じ、その代わりに参勤交代を緩和したところ、たちまち江戸が不景気になったと言います。
そこで、町奉行の大岡越前守が、町人に「遠慮せず普請や遊山をするように」というお触れを出して需要を喚起した。
外需(大名)がダメなら、内需(町人)という訳ですが、右往左往している現代の経済政策に相通ずる話でもあります。
(韓国の人でにぎわっていた温泉旅館が、ウォン安でさっぱりだそうです。) - 想像するに、江戸の大名屋敷に転勤して来る侍も、現代の海外赴任みたいなもので、楽しみだったんでしょうね。
すると様々な消費をしますから、景気を大きく左右していた。
一極集中、人口移動、消費、なんとなく現代でも参考になる話です。ほんごうでした[2008.11.10]



