蛯名正義騎手はエルコンドルパサー、ナカヤマフェスタで凱旋門賞2着を2度制覇しました。

2度凱旋門賞で2着した騎手

フランスの凱旋門

凱旋門賞で2着2回といえばオルフェーブルが有名ですが、凱旋門賞で騎乗していたのは2回ともCスミヨン騎手です。
スミヨン騎手も2度凱旋門賞で2着した騎手ですが、実は日本人騎手でも該当者がいます。

 

 

4度挑戦して2着2回の蛯名正義騎手

 

蛯名正義騎手は2019年3月で50歳になるベテランジョッキーです。
2012年にはJRA史上7人目の2,000勝を達成した関東のトップジョッキーです。
凱旋門賞への挑戦実績は以下の通りです。

  • 1999年エルコンドルパサー 2着
  • 2002年マンハッタンカフェ 13着
  • 2011年ナカヤマフェスタ 2着
  • 2012年ナカヤマフェスタ 11着

エルコンドルパサーはポテンシャルが高く、1999年の凱旋門賞は優勝馬が2着いたと現地で評価されるほどハイレベルのレースでした。
フランス人は日本馬での歴代最強はオルフェーブルよりもエルコンドルパサーを挙げる声が多いです。

 

評価できるのはナカヤマフェスタの2着です。ナカヤマフェスタは凱旋門賞に挑戦した年の宝塚記念を制し、G1は通算1勝の馬です。
宝塚記念は柴田騎手騎乗で8番人気からの勝利でした。凱旋門賞では前哨戦のフォワ賞で2着に入ったものの評価は9番人気で国内でも大きな注目はされていませんでした。

 

宝塚記念を制したときの馬場は稍重、凱旋門賞から戻った帰国初戦のジャパンカップは2番人気に支持されましたが14着でした。
ロンシャン競馬場の重たい馬場と相性が良かったことも考えられますが蛯名騎手が上手に乗りこなした手腕も評価できます。

 

 

海外の大舞台に強い蛯名騎手

香港の街並み

蛯名騎手は凱旋門賞のほかにも1995年にフジヤマケンザンで香港カップを勝利。
エルコンドルパサーとのコンビではサンクルー大賞を制して海外G1を2勝した実績を持っています。
2016年には蛯名騎手が騎乗したディーマジェスティが皐月賞を制すと、騎手とのコンビから凱旋門賞など海外挑戦をする憶測が出るほどでした。

 

近年は衰えが顕著に現れている

 

蛯名騎手が最後にG1を制したのは2016年春(皐月賞のディーマジェスティと宝塚記念のマリアライト)です。
その後2年半以上に渡ってJRAのG1勝利がありません。

 

2016年はJRAで年間62勝を挙げていました、2017年は34勝、2018年は32勝に留まっています。
トップジョッキーと評価できる数字だと捉えられますが、全盛期の頃に比べると物足りなく、2017年に入ってから衰えを感じる内容になっています。

 

体力的にも蛯名騎手が再び海外競馬に挑戦するのは難しいかもしれません。
後継者と呼べるような海外に強い日本人騎手が出てくることに期待しています。

 

ちなみに蛯名騎手は馬の背中に自分のお尻をトントン付くエビダンスと呼ばれる騎乗スタイルを得意にしていました。

 

これはヨーロッパの騎手でよく見られる手法で蛯名騎手は外人ジョッキーに近い特性を持っていたのかもしれません。
現在は体力の衰えもあってかエビダンスは封印しています。

 

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