凱旋門賞は2017年まで96回開催されており、歴代優勝国は66勝の自国のフランスです。

凱旋門賞の歴史と歴代優勝国

凱旋門賞を制することは日本馬にとって悲願というイメージが根付いています。
2017年の世界のG1競走の格付けでも凱旋門賞は1位の評価を受けていて、名実ともに世界最高峰のレースだと言えます。
歴代の優勝馬を見ると全てヨーロッパで調教された馬のみと結果に偏りが出ています。

 

なぜ、凱旋門賞が特別扱いをされるのか歴史に迫ってみました。

 

 

凱旋門賞とは

凱旋門賞のようす

フランスのロンシャン競馬場(改修工事中はシャンティイ競馬場)で毎年10月に開催されるG1競走で出走条件は3歳上です。

 

100年弱の歴史を持っていて、ヨーロッパの競馬シーズンの終盤に行われるビッグレースのため、毎年ヨーロッパ各国で結果を残した名馬が集まり、ヨーロッパ最強決定戦のような位置づけになっています。

 

芝2,400mはクラシック競走とも呼ばれる格式の高いカテゴリーで、日本で見ても東京優駿(日本ダービー)ジャパンカップで開催されている距離です。
つまり、開催時期とコースが良かったため、注目度の高いレースとして認知されるようになりました。
日本でいう有馬記念のような立場です。

 

凱旋門賞の前日に1つのG1競走と4つのG2競走、当日には凱旋門賞を含めて6つのG1競走が併催されて、凱旋門賞を盛り上げていて、この2日間は凱旋門賞ウィークエンドと呼びます。
海外では競馬のシーズンが限られているため、ベストシーズンにまとめて重賞を開催することも多く日本とは異なる文化です。

 

現代競馬では賞金の大きなレースが増えていてレース単体で見れば賞金の高いレースはほかにありますが、メンバーの集まり方やウィークエンドの規模で見ると世界トップだと言えます。

 

 

歴史

第一次世界大戦終戦直後の1920年に創設された歴史を持っています。
国際的なビッグレースとして19世紀半ばに3歳馬を対象にしたパリ大賞が各国の名馬を集めて成功を収めていて、ヨーロッパの中では最古というほど古くはありません。
2017年まで96回開催されていて2021年に100回を迎えます。(1939-1940年は中止)

 

凱旋門賞が既存のビッグレースを抑えて世界最高峰に上り詰めたのは開催時期と3歳に限定しない範囲の広さが影響していたとされます。
当初はイギリスからの馬が参戦しないなど盛り上がりに欠けていましたが1949年に賞金を大幅に増やしたことで各国から名馬が集まり、徐々にその年のヨーロッパ最速を決めるレースとして根付いていきます。

 

世界一の高額賞金競走で世界中から名馬を集め、1965年には豪華な顔ぶれの中で圧勝したシーバードが世界史上最強馬と認定されたことを受けて、世界一の馬を決めるレースとして世界中から注目されるようになります。
1990年になってからは、凱旋門賞の人気に対抗して高額賞金で世界から名馬を集める国際レースが増えて、一部のレースでは単体での優勝賞金が凱旋門賞を上回るものも出ています。

 

2017年のレース単体の賞金総額ランキングは7位で、1位はアメリカのペガサスワールドカップです。それでもヨーロッパの中では飛び抜けて賞金が高く、陸で移送できる特性もあるヨーロッパは国際レースとしてのブランド力は世界最高と評されています。

 

 

歴代優勝国

2017年までの優勝国は以下の通りです。

 

フランス 66回
イギリス 14回
アイルランド 8回 
イタリア 6回
ドイツ 2回

 

自国のフランスが圧倒的に強く、次いでヨーロッパ屈指の競馬大国のイギリスが続いています。
過去全てヨーロッパで調教を受けた馬で、オルフェーブルやナカヤマフェスタなど2着に入った回数ではヨーロッパを除いて日本が1番多いです。
日本とは異なる特性があり、地元のフランスが強いのは分かりますが、100年近い歴史の中でここまでヨーロッパ以外の国が勝てないのはジンクスや呪縛的なものを感じさせます。

 

 

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